死について考える

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この世に絶対ということはあまりありませんが、100%決まっていることがあります。
それは、あなたが死ぬことです。
誰も死から逃れることはできません。
今回は、死について真剣に考えてみましょう。

 

■生物の進化

人類に限らず、あらゆる生物は生と死を繰り返します。
これは、生物が進化するために不可欠なことだったのです。

生物の歴史は、微生物から始まり、植物、動物へと進化し、最終的に人間を生み出しています。
もし、全ての微生物が死なない存在だとしたら、進化ができず、他の生物も生まれないのです。
死があるから、強い生物だけが生き残って子孫を残し、突然変異を繰り返して、進化していったのです。

人間からさらに進化するのかどうかは分かりませんが、こういった生物の歴史から、我々が死から逃れることは不可能なのです。

 

■なぜ怪我をすると痛いのか

人間の身体は生きるために、我々自身も知らないような力を秘めています。
もちろん、他の生物も同様ですが、やはり進化という過程で得た生物の身体は、非常に優れています。

まず、「なぜ怪我をすると痛いのか」を考えてみましょう。
怪我をすると痛いのは当たり前と思っている方も多いと思いますが、なぜ痛みを感じる必要があるのでしょうか?

麻酔をすれば痛みを感じないように、進化の過程で、怪我をしても痛みを感じないようにもできたはずです。
痛いという感覚は、誰でも嫌なことですから、痛みを感じない身体として進化しても良かったのではないでしょうか?

答えは、
「痛みを感じないと、すぐに死んでしまう」
からです。

ごく稀に、痛みを感じない子が生まれることがあるそうですが、その子は痛みを感じないため、自分の腕をナイフで切ってしまったり、わざと電柱に頭をぶつけたりしてしまうのです。
親がずっと監視していないと、すぐに死んでしまうでしょう。

そうです。
痛みを感じないということは、何が身体にとって良くないことかが分からないので、すぐに死んでしまうのです。
痛みというのは、身体が傷ついて危険な状態であることを知らせてくれる重要な役目を負っているのです。

また、人間には、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五感が備わっていますが、1つでも感覚を失うと、残りの四感が研ぎ澄まされます。
例えば、目が不自由になってしまった人は、耳や手を使って周りの状況を認識します。食べ物が安全かも、目が使えなければ、嗅覚と味覚が重要になります。
なので、目が見えない人は、他の四感に頼らざるを得ないので、他の人よりも耳や嗅覚が鋭くなっていくのです。
当たり前と言えば当たり前かもしれませんが、やはり生きていく上では、非常に重要な能力と言えるでしょう。

それ以外に、菌やホコリを排除するシステムや、臓器の役割など、ここでは詳しくは書きませんが、人体の機能というのは非常に優れています。
機会があれば、調べてみると面白いかもしれません。

 

■不死は恐ろしい

もし、あなたの目の前に神様が現れて、
「あなたに永遠の命を授けましょう」
と言われたら、受け入れますか?

私の答えはNOです。

死ねないことは、実は恐ろしいことなのです。
永遠の命を得たと仮定して、その後を想像してみましょう。
最初のうちは楽しいかもしれませんが、無限に時間があるわけですから、やりたいことをやり尽くしてしまい、だんだんとやることがなくなっていきます。

何百万年とすれば、人類が絶滅し、永遠の命を持っている自分だけが生き残ってしまいます。
他の生物は生きていますが、かなり孤独な状態となります。

やがて地球が滅び、宇宙空間に放り出される日が来るでしょう。
宇宙空間では人間の身体は保ちませんので、身体が燃え尽くしますが、永遠の命は死を許しませんので、身体が燃え尽くすまま生き永らえ、宇宙空間を漂うわけです。
生き地獄以外の何物でもありません。

永遠の命を得ることは不可能ではあるのですが、死というものは生物に必要ということは、認識しておきましょう。

 

■死のありがたさ

死ぬのは恐ろしいことですが、死から逃れることは絶対にできません。

近年、不老不死の研究が進んでいますが、正確には「不老」です。
身体を失えば必ず死にますので、不死は不可能です。
老化による死がないという意味で「不老不死」と使っていると思いますので、間違えないようにしましょう。

この不老も、少し怖いところがあります。
老化による死がなくなっても、子供は生まれ続けますので、人口がもっと増え続けてしまうということです。
これは、不老の研究が進んでる現在も議論されていることですが、不老というのも手放しに喜べないところはあります。

人間は、死によって苦痛から逃れることができます。
どうしても苦しさに耐えられない時は、あの世に逃げるという方法はあります。
しかし、死ねば二度とこの世に戻ってくることはできません。

日本の自殺者数は、先進国の中でもトップクラスですが、それだけ苦境に立たされている人が多いのでしょう。
どんな苦境に立たされても、全てを投げ捨てて、人生を一からやり直すことはできますので、安易に死を選択するのではなく、思いとどまって考え直してほしいものです。

 
進化の過程において、生物が死ぬことは必要と述べてきましたが、やはり自分が死ぬというのは恐ろしいことです。
人生の時間は有限ですので、時間を無駄にしないように、充実した人生を送りましょう。

 



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1 件のコメント 死について考える

  1. 三橋 悦央 より:

    負け犬の遠吠え

    今の大人社会、競争化社会がもっと善悪のはっきりしたものであったらいいといつも感じます。小さい頃のアニメのヒーローのように善悪がはっきりしていればヒーローが悪役を倒す実にスマートで清々しい構図が子供達の心に深く刻まれる。だから正義のヒーローになろうと子供達は頑張れる。夢を持って勉強できる。でも現実の社会はどちらかというと社会的優位性の高い人こそが善であると教え込まれる何ともお粗末な実社会。無職の人が本当に優しい気持ちで道で困ったおばあさんを助けてあげること、と介護職という地位と給与と資格を持った人が老人ホームであばあさんのお世話をする場合、今の社会は後者だけが善とみなされる、そう教えられる強烈な地位優先型社会です。純粋な子供達はだから悩んでしまう。子供の頃憬れていた正義のヒーローは善じゃないのって。それが心の叫びだと思います。私は一人でもいいので若者の為にこんな閉塞感のある差別社会を変えていきたいと考えています。

    ある番組で嵐の桜井さんが校長先生役をしていました。高校生たちは先生達に何でこんな難しい英語の勉強をするの?何でこんな難しい数学の指数関数の勉強が社会の何処で役に立っているの?と正直な質問をぶつけます。ある先生がこういってそれが共感されました。英語の勉強は日本がこれから2040年には労働人口が5000万人台に、2060年には3500万人台に減る。つまり日本市場が縮小される為外国人労働者と伴に働き、時には海外に出て仕事をする為だと。あと自分を守る上で必要な情報の半分以上が英語で書かれている為だと。数学の勉強に関しては将来投資したりするときに自分で損得を計算できるようにだと。資産運用的危険から身も守る手段だと。僕はこれを見て大変残念に思いました。圧倒的に共感する人のほうが多かったのだろうとおもいます・・・にもかかわらず僕は大変日本の教育に失望しました。僕は教育者でも無ければ若者に発信出来るほど立派な人間じゃない。何でこんな難しい勉強をしなければならないのか?そこに正当な理由が大人社会が成熟していれば本当は必要ないんじゃないかな。社会がもっとしっかりしてればそんなことに理由を求める子供達なんていなくなるんじゃないのかな。理由ありきで勉強するのではなく若者に少しでも夢を持たせて勉強させてあげることが必要じゃないのかと。それが本当の大人の責務なのではないのかなと。もし仮に理由をつけるとすればそれは将来偉くなってしまった時に、社会的地位が高くなってしまった事態に備えて世界中の社会的弱者、経済的弱者、精神的弱者を助けてあげる為勉強するのだと子供たちに教えます。将来仮に健康で病気にならなかった事態に備えて世界中の病気で苦しんでいる人、障害などで介護を必要としている人を助けてあげる為に勉強するのだと子供達に教えます。将来多くの富を得てしまった事態に備えて世界中の貧困で苦しむ人を助ける為に勉強するのだと教えてあげます。ただ勉強することに理由付けが必要で無くなる社会が本当は理想だと感じています。出来なくて失敗するステップこそが勉強だと思うからです。競争化社会に出てから失敗することを続けると深い闇に陥るかから。そもそも人間の行動に理由なんて存在しない、それが私が理想とする社会と現実の社会のギャップです。それ以上も以下もありません。
    ただ本当に悲しかったことは知識もある、包容力もある桜井さんのような若者に多大なる影響力と発信力を合わせ持つ人が単なる脚本家の意図で安易にああいう演技を演じ切ったところに今の日本の悲哀を、若者の死に急ぐ気持ちを見て居るようで兎に角苦しい番組でした。貧困で苦しむ人を助けてあげること、病気で苦しむ人に少しでも生きる力を与えること、困っている人を優しさで救うことなどは、全ての人間の行動において理由付けが全く必要無い行動だと信じるから。そんな社会が出来れば子供達がもっと死に急ぐこと無く苦悩を抱えること無く暮らしていけると願っているから。

    国益第一主義を唱えて外交する大統領とその娘が34歳の若さにしてフェンデイーを着ながら女性の人権問題を訴える。フェンデイーに果たして人権問題の何を語ることができるのでしょうか?。何とも惨めな社会です。目を覆いたくなる実社会が本当に存在しています。純粋な子供達にもきっとそう見えるはずです。あれが僕が憬れていた正義のヒーローかと深い悲しみを抱えます。人権問題一つとっても実際に起こっていることはそれはそれは凄惨なとてもブランド服を着ながら話すこと無んぞ出来な程辛い事実。自分の富と国益を天秤にかければ自分の富こそが最優先される時代です。子供達に今の未熟すぎる大人社会は出来れば触れて欲しくない。

    世界が優しさと感謝の気持ちだけで出来て居たら・・・でも資本主義社会、自由競争化社会に負けないよう人は自己、個性、アイデンテイテイーという鎧をつけて他人に負けないよう頑張ろうとする。子供達が手にするアニメや漫画には私たちはこうして自由と平等を手にしたのであるとか書かれているけど・・・本当は自由になればなるほど平等性って失われていくものだと教えなくてはいけないと思う。自由であり同時に平等である社会何て存在しないのだから。子供達への嘘は良くないと感じます。けれど人類は自由を求めた、その結果不平等性という問題に遭遇する。それはもう生まれた時点で決まっているのかも知れない。生まれた環境、育てられた環境で不平等性は存在するのかも知れない。
    競争化社会に勝ち負けは必ず存在する。世界が1%の富裕層と既得権益で雁字搦めの人達の行動だけで動いている以上非常に多くの負け組が溢れ出す。負け組の受け皿を早急に創ってあげないといけないと感じている。人生で負け続けることは本当に辛い。負ければ負けるほど発信出来る手段が無くなる窮屈な世界。最終手段がSNS?ここに最後の救いを求める幻想を見ている若者も多い。でも現実には誰も救ってくれない。それを子供達に教えることは大変残酷である。もっと強くなれと教えたくても精一杯頑張っている子供達にそれを伝えることは僕は出来ない。もし神様がいてくれたなら僕にも世界の困っている人達を助ける為に発信する権利が与えられてもいいと思うのですが現実はそれさえも否定される。この世の中で負け組の居場所は何処にも無い。1%の勝ち組にそれを創らせたとしてもそれは単なる空箱だ。多くの存在理由の欠片も無いNPO法人や団体が多すぎる。認めたくないがそれが今の実社会である。そして一番そのことを理解しているのが紛れも無く子供達の心だと思う。

    木村さんがGOODYに出演した当日11/10(金)座間の事件の被害者の年齢と名前が正式に公表された。私は何気なくTVのチャンネルを運悪くTBSの報道番組(Nスタ)に切り替えてしまった。それが今回投稿を決めた発端です。先に言っておきますが私はこの投稿が木村太郎さんに伝わっているとは全く期待していいないので心配なされないで下さい。実社会がどれ程愚かな社会であることは十分に体感しておりますので。社会的弱者の意見は吐き捨て放置される。それが社会のルールです。もう慣れ慣れですので本当に大丈夫です。ご処分ください。そして同時に逆にフジTVがこう言う視聴者からの心からの叫びのようなメッセージをサイトに投稿欄としてそれも字数制限なく作って頂けていることに深く感謝しております。ブログをするお金も無ければツイッターするお金も無い人の意見でも思っていることを正直に書き込める、非常に嬉しいことです。前置きが長くなりました。すいません。

    欠陥社会

    TBSの上級解説委員?というとても権威の在るような女性がこの座間事件に関してこう切り出した。「私達の頃はネットは危険だと教えられてきましたので・・・そう言った教育も・・・・」愕然としました。あまりにも時代錯誤も甚だしいコメントでTBSにクレームする気もしなかった。とても悲しかった。そしてそんなことを平気で言うTBSに敢えてクレームすることを恐れました。人間国宝級の錆びれた会社であることがはっきりわかったのでもうTBSの報道番組は見ない、子供達にも見せないようにしています。子供達がこういう人達に教育規制されていると思うとただただ苦しくて苦しくて。馬鹿で間抜けな総務省がまずツイッター規制に乗り出すお粗末さ、あの発言に対してTBSにクレームの一つすらもきていないとしたら、それを考えるとあまりにも子供達が可哀想です。そりゃツイッターだって使う人が増えてくれるよう規制するのはそれが会社の利益に繋がるのですから当たり前のことです。総務省の指導云々全く関係ありません。ツイッター社が会社として利益を追求している市場規制に過ぎません。それよりも規制すべきは数億人の命を預かる超大国の大統領が外交の途中で日本に戦争する、人を殺傷する武器を大量に売り込みそれをツイッターに貿易赤字解消などと書き込む行為自体の方が遥かに異常事態であることに社会、大人達が全く気付かないこと。それだけ世の中が疲弊していることに、子供達しか気付いていないこと。
    政府が座間の事件でSNSの規制に関して議論しているが僕は子供達と同じで全く何一つ期待していない。どうせ自殺相談窓口(スマホやネット)を増やしたり、学校にスクールカウンセラーのようなものを設けたり、自殺撲滅週間を徹底したり、NPO法人を増やしたり、自殺撲滅サイトを運営する企業の権限を増やしたり・・・全て税金の無駄遣いに過ぎず何も根本的に解決されないと思うから。
    少なくとも今の子供達の方がはるかに賢い。今回の事件でも若者である被害者の最も近くには親(家族)が居た、学校の先生が居た、仕事の同僚が居た、警察もあった。選択肢はいくらでもあったのです。でも子供達が自ら選択したのはSNS上の男だった。では選択肢をもっと増やせば良いのでは?と短絡的に考えてはいけないと思います。子供達は未熟な大人が考えている以上に兎に角賢い。大人が考えている以上に色々な選択肢を選ぶ術を馬鹿な大人以上に知っている。注目するべきはSNSで相談するしか仕方なかったのではなく、SNS上の男の答えが子供達のもっている本当に知りたい真実の回答に限り無く近い結論が導き出せたということに過ぎない。それも9人とも全員がSNS上の回答に惹かれた。ただそれだけのことだと思う。決して残忍な殺人を肯定しているのではありません。SNSをいくら厳しく規制しても子供達の既に持っている回答と少しでも異なれば子供達は別の手法で何処までも真実を探しだす。このことに未熟な大人は全く気付いていない。それが一番の問題であると感じている。それを僕は個人的には社会的弱者の理論?とでも呼んでいる。平和ボケ、金銭ボケした苦悩しない大人達には決して理解されない理論だと思う。ただ僕が子供達の思いを代弁しているのは僕も社会の中で精神障害者という弱い立場の人間だから子供達(社会的弱者、経済的弱者、精神的弱者)の気持ちは少しでも良くわかるのかも知れない。
    小学校1年生の双子がいます。僕にこういった。「どうして銀行はお野菜の値段が上がって喜ぶの?安いほうがいいじゃん。」その通りである。我が家は私が病気で働けないので妻のパート代(年間80万円)で暮らしている。一円でも安いほう、一円でも安い店を選んで買い物をしている。でも日銀は物価が上昇しないことに困っている。子供達には実に不思議な現象として感じられている。何でいつも日銀の黒田総裁が間抜けな暗い顔をして物価が上がらないことをメデイアに向けて、国民に向けて発信しているのか不思議でならない。子供にはマクロ経済の仕組み、経済の好循環は何とも不可解だと思う。でも頭の良い人の考えることは非常に単純であり子供達の苦悩する心のほうがより複雑である。年金のシステム、マクロ経済スライドを子供達なりに既に理解している。当たり前のことを言っているだけだ。少子高齢化で縮小する経済を立て直すことに大変多くの税金が投入されていることに子供達同様深い悲しみを覚える。少子高齢化を憂いている大人達が何とも惨めでならない。そんな大人達に情報化社会を生き抜いて居る子供達は果たして何かを頼ったり教えてもらったりするであろうか?。少子高齢化を憂いているのはほんの一部のエリート官僚や年金政策や介護や医療問題、社会保障を議論している馬鹿な大人達だけだと思う。子供達はそんなことで全くへこたれていない、いやむしろAIやロボットや外国人労働者に頼る術をもう知っている。そこにあるのは雁字搦めの法律で馬鹿げた計算を試算しそれを国民に向けて発信している愚かなほんの一部の日本を牛耳っている人の考え方だけだ。
    年間80万円で五人で暮らすことが平和ボケした金銭ボケした大人にどういうことかわかりますか。家賃が払えないので親と同居している。父は77歳で会社を二つ経営している。月に120万円ほど収入がある。そこに月50万円の年金が国から支給されている。私は子供達が感じて居るように狂っていると思う。それで年金が足りないと嘆いている馬鹿さ加減には子供達同様本当に呆れる。同居していても別世帯なので何の恩恵も受けて居ない。しいてあげれば家賃を免除されていること、ただ光熱費3万円は支払えと要求してくるので払っている。年間80万円の収入で光熱費として毎年26万円を取り上げらると正直大変苦しい。子供達に100円均一のおもちゃは買ってあげられてもおもちゃを動かす電池を買ってあげられない。鍋に肉さえも入れてあげられない。豆腐を焼いてステーキソースをかけて笑いながらこれステーキみたいだねっていいながら食べて居る。こんにゃくを醤油とショウガで味付けしてこれって肉みたいじゃんって喜んで食べている。子供達は、その生きていこうとする力は実は相当強い。二階では父が一人で5000円のステーキと4000円のマグロを一度の食事で黙々と毎日食べて居る。父曰く将来が不安らしい。真意はわからない。でも僕はそういう希薄化社会こそが子供達を苦しくさせる原因の一つでは無いかと思う。逆に言えば年間1500万稼ぐ人に年間600万年金を払っている制度に全く不満は無い。そう決めたんだからしょうがないと思う。大きなお金を使わない子供達に現金をばらまくより先の短い大人達に大金を思いっきり使って貰ったほうが日本経済としてもいいと感じて居る。選挙権の無い子供達にアピールするよりも主婦層に待機児童問題をアピールすることが優先されることは子供達同様理解している。問題なのはそんな父が息子たち夫婦の生活を見て何かを実行するわけでは無くただ将来を不安に思っていることだと思う。息子、私の極貧生活を見て子供には頼れないと悟る社会こそが悩ましい。もっと子供の頃から社会で富を得たら貧困で苦しんでいる人のために勉強するんだということを少しでも発信しておく必要があったのではなかろうかと思う。一緒に住む孫には一銭たりとも与えず庭の芝とハイビスカスの手入れに年間500万円かけて居る。四年前二億円の土地に一億円の家を買った。それでもお金が余ってしようがないので三年前2000万円かけて自分だけが入る予定の墓地を購入した。それでもお金が余ってしようがないので今年1200万円のベンツを買いに行った。それでもお金が余ってしようがないので会社にこれ以上要らないと申し立てた。それでもお金が余るので父曰く墓地を数億円かけてトランプタワーのように金箔尽くしにすると嘘かも知れないが言っていた。もはや戦後の日本経済のような急成長はありえない、年功序列は崩れ終身雇用は崩れ正規社員すらも非正規同様危険な状態に晒されている。競争化社会には勝者と敗者が必ず存在する。よって必ず貧富の差は生まれる。問題はそれを見てどう行動すべきか分別のつく大人達が殆ど居ない。いやむしろ負け組である貧困は悪だと考えて居ることが問題だ。それよりも何よりも心配なのが昔のようにおじいちゃんは偉くて仕事頑張っていてお金持ちで凄いって子供達は一言も言わない。むしろ芝生やハイビスカスよりも置き去りにされている現実をしっかり見て居ておじいちゃんに近づかない。本来凄いと思われるべき人に何一つ関心が無い。高度経済成長社会では教えて貰わなかった教育(今の大人達)のつけが今来ているだけに過ぎない。人間としてどう行動するべきかその答えを知らない。そう勉強してきていないのだから。でも今の子供達は殆ど生まれながらにして人間が平等で無いことを短いながらも生きていく中で知っている。大人達が創りあげてきた競争化社会を決して否定していない。だから答えは非常に簡単なのである。要は消費税のように国民全員に同じ負担を迫るのではなく、不平等に税金をおさめたりもらったりすることを普通に行えばよいだけのことだ。子供達はお金は貧しい人のために、元気は病気で苦しむ人のためにともう知っている。知らないのは情報化社会に取り残されたほんの一部の大人だけだと感じている。
    正直50歳に近い僕が実の父に僕が精神障害者であることを決して言えない。生きていくのが辛いくらい生活が苦しいことを実の父に話せない。何故って?父にその僕の本当に求めている答えが返って来るとは思えないから。苦しいなら働けと言われるだけだから。50歳の僕でもそう考える。そんな社会で子供達が感じて居る心の叫びを近くの大人に正直に話すと思いますか?。子供達の方が遥かに賢い。だって大人達に話したって求めている答えが得られないと予め知っているから。それが社会的弱者の考え方であり、嫌味的に言えば今の大人達が良いと思って作り上げた馬鹿げた欠陥社会の実情だと思います。子供達は暗黙の了解で近くの大人達に本当の答えが無いことを知っている。だから全く聞いてこない。関心が無い。それこそがこの事件の核心に近い異常事態だと思う。決して馬鹿な阿呆達の大人(報道番組)が焦点であると言っている殺人事件としての立証が子供達が抱えている本当の事実とあまりにもかけ離れて居ることに気付いてない大人達が世の中を牛耳っていることが最大の問題だと思う。
    1%の富裕層とエリート官僚の作った世界は愚かな医者にも共通する。精神科の先生に問いかけた。「この薬って依存性高いんじゃないですか?」先生の返事「そんなことないよ。全く無い。」帰りがけにスマホで調べて薬をポイと捨てた。何故医者はこんなにも馬鹿なのだろうとつくづく思う。僕は薬の依存性に関して質問したんじゃない。先生が信じられるかどうか試しただけなのに。何処でも手に入れられる情報にどうしてわざわざ嘘をついて・・・。本当に頭のいい人の考えることは単純すぎて子供達も不思議に思うのだろう。でもそうやって作られた社会のようなものが今の生きづらい実社会の正体だと思います。子供達は大人達から得られる情報を精査して必要な情報だけに惹きつけられる。何故って?問われればそれが社会的弱者がこの社会を生きる為に身に付けた手段だから。それに尽きると思います。
    それでも馬鹿な大人達は子供達を教育するとか子供達を守るとか平気でそんなことを言う。教育が必要なのは子供の心を理解しようとする大人の構えであり、同時にこの死にたいと思う社会の原因を理解しようとする大人の心である。もっと簡潔に書くと子供達への教育は優しさと感謝の気持ちを教えてあげること、あともし出来るとしたら誰のために生きるか、誰を守るために生きるかへの形をある程度持っておくことへの問いかけ、それだけで十分だと感じます。仮にもう手遅れで子供達が自分が負け組であることを知ってしまっていたとしたら、負け組は決して悪じゃないよ、負け組にも生きていく権利があるんだよと嘘かも知れないが教えてあげたい。私は社会的弱者になって苦しみ抜いた経験があります。今でも出来れば死にたいと思うことも度々あります。でも死なないのは子供達がいるから。子供達を守ってあげたいと願うから。これに尽きます。
    我が家には三人の子供がいる。二十年間不妊治療で悩み続けた。子宮筋腫手術→卵巣嚢腫手術→排卵誘発剤→人工授精→体外受精。体外受精が不妊治療の最前線であることを告げられるとそれを30回繰り返し願った。でも叶わなかった。本当に神様はいなかった。養子縁組や里親制度も夫婦でとことん議論した。ネットで不妊治療のありとあらゆる情報をとことん調べた。そして世界で行われている(日本では法律上認められていない)卵子提供プログラムや代理出産という情報にようやくたどり着いた。LAbabyというアメリカの会社を通じて海外で他人からドナー卵子を提供してもらい、(私が企業からの拷問による重度後遺症で乗り物に乗れないので)凍結した精子を空輸してハワイでそのドナー卵子と私の凍結精子を顕微授精で受精卵を作り胚盤胞になった時点でそれを妻の子宮に戻し三人の子供を授かった。(出来れば内緒にしておいて下さい。企業で女性に対してこういうことを人事がいうことは日本で障害者の個人情報的にも認められていることは裁判で負けたので知っていますが。)最終的には望んでいる答えが見つかるまでとことん情報を精査し続ける。自分達の正解が得られるまでとことん情報を探し出す。それが本当の正解で無かったとしても・・・。それが情報化社会を悩み抜くということであります。そんな医者が限界だって言ったくらいで諦めるようでは死ぬほど悩んだと決して言わない。どんな手段を使ってでも、それが日本の法律で認められていなくっても。それが今の情報化社会の、それに適応しようとする子供達の苦悩だと思います。何故不妊治療のことを投げかけているかと思うかもしれない。でも実際不妊治療とは大変苦悩するものでありそれは子供達のような社会的弱者に共通するものだと考えて居ます。病気という観点から見ても医者と患者は平等では無い。患者(不妊治療)は社会的弱者であることに疑いの余地は無い。
    子供達も全く同じような行動をしているようでなりません。近くに大人がいようとも、どう教育されようとも既に答えを予め持っていてその答えが導き出せる情報だけに惹きつけられる。それが如何に歪められた情報でも子供達は自分自身の正解を既に持っている。そこに惹きつけられる事を馬鹿な大人達がいくら否定しても子供達にとってはどんな手段を使ってもどうしようもない衝動なんだと思います。既に子供達の心に正解がSNSで調べる以前にあるのですから。いくらでも世界中の情報が指先一つで操作できるのですから。それがこの社会を悩んだ末の子供達の結論だと思います。だからSNS以外にも子供に選択する情報を与えても無理だと僕はそう思います。それがこの競争化社会の弱者の行動だから。今回の事件のように近くの大人に子供達の苦悩を解消してくれる答えが無いと子供達は被害にあった全員が結局結論付けたのだと思います。それこそが今回の事件の重大さだと僕は思う。
    ただ最も怖いと思うのは社会的弱者の理論には他人を寄せ付けないほどの強い意志が必ず存在します。子供達の持っている答えが例え人道的にも倫理的にも間違っていたとしてもSNS上でキーワード検索するところにその子供達が予め持っている答えがあればそれが正解なんです。だれが何といおうと正解なんです。社会的弱者とはそういう環境で育ちます。だって近くの大人に子供達の悩みを本当に理解してくれる人がいると思いますか?社会的弱者の悩みは生死を賭けた悩みです。それに周りの大人達が少しでも気付いてくれればいいのですが・・・実社会はそこまでうまく全く機能していません。社会的弱者、負け組の居場所は何処にも無いのです。それを子供達が肌で感じて居ること自体が問題だと考えて居ます。
    唯一の望みがあるととしたらそれはきっと夢が持てるような社会を馬鹿な大人達なりに考えて嘘?でもそう誘導してあげるくらいでしょうか。まあ嘘は今の子供達には通じるとは思いませんけど。生まれたばかりの子供達に1000万円近くの借金があることやマクロ経済スライドで将来の年金がきまる(年金が減る)こと、非正規雇用では生涯現役で働けたとしても1億円までは稼げないこと、そしてその半分は持ち家に5000万はかかるということを当たり前のようにメデイアが取り上げても子供達の死への欲望、裏を返せば生きる為の行動(衝動)は決しておさまらない。それだけ社会的に弱い立場の人間が競争化社会で生きることって苦しいことなんです。どうせなら一度1%の富裕層と大企業とエリート官僚と医者が牛耳る社会から社会的弱者(子供達や女性や障害者など)に少しでも権限を譲渡すれば恐らく一年間に三万人も死んでいる自殺者は大きく減少するものと考えて居ます。それが不可能であることも十分理解しています。でも子供達は決して今の大人が考えているような馬鹿じゃない、それだけは本当のことです。結局のところ強い立場の人間が何を考えても無理だということです。一度弱い立場の人間が悩んだ時にどう考えてどう行動するのか理解する必要があるのではないかと考えます。まあお頭がお疲れいる大人達が所詮理解するのは無理だとは思いますが。
    今回の事件に的外れなことを書き始めてしまいましたので、短く要点を書きます。大人達が考えて居る以上に子供達の日常は笑顔で溢れて居ます。馬鹿な大人がしようとしている(これから馬鹿な大人達が当たり前のようにするであろう)SNSへの教育規制、自殺相談窓口などの増強、学校へのカウンセラー等の導入、どれもこれも全く機能しないと思います。子供達が本当に必要としている事実はSNS上にいくらでもただで飛び交っています。それを子供達は一番良く知っています。そして私が今回の事件で一番辛いと感じるのはSNS上の選択肢を全ての人が選んだということ。全ての子供達がです。誰も一番身近にいる大人に頼らなかったこと、そのことは皆心を痛めているということが正直に馬鹿な大人達に話せない世界が存在しているということです。苦しくて苦しくて誰か助けてと叫んでいます。子供達に本当の正解を伝えてあげられなかった大人社会の欠陥だと感じます。子供達の答えが皆同じ正解を導き出した。子供が持っている正解をもっと素直に大人達が共有できる、してあげることが一番重要だと思います。
    私は子供ではありません。生きるのも死ぬのも自由です。でも子供達が死にたいと思ってしまう社会を創ってしまった大人の責任もあります。生涯をかけて子供の笑顔が苦笑いでは無く心の底から笑ってくれている社会を一人でもいいので作ってあげることが宿命だと感じております。

    本当に障害者の分際で勝手な事ばかり大変申し訳ありません。
    ただ唯一悔しいと思う事、それは発信出来る地位も権力も名誉もお金もある大人達が本当に狂っている。希望の党の共同代表がうんたらとか、立憲民主党議員のセクハラとか家計森友しかりあまりにも馬鹿げたくだらない議論だけが飛び交っています。そんなTV番組見て居る子供達が本当に要ると思いますか。一番それを実感しているのは紛れも無く子供達だと思います。だから子供達はそんな大人に聞くことすら無く自ら人生の正解を導いている。情報化社会を築いた大人達がそれを大人達よりも遥かに有益に利用している子供達に翻弄されている欠陥社会。それが兎に角悔しいと感じて居ます。

    最後に一点だけ。僕は木村太郎さんのジャーナリストとしての資質に賭けています。今回の事件を単純に猟奇的殺人とか未成年殺人とかそういうコメントをする方が、その動機だとか、今後の焦点は殺人事件として立証できるのかですねというあまりにも馬鹿げたコメント、それも報道番組内で数多くおります。法律的にはそうなのかもしれない。でも僕は子供達の悲鳴のような声が聞こえてそれが僕を苦しめる。全く子供達のことを知らない哀れな大人達ばかりでがっかりです。木村太郎さんのような方ならこの事件の本質を推し量れる数少ない大人だと認識しています。僕は障害者であり社会に発信しては決してならない人間です。だから子供達の将来を木村さんに託しました。木村さんから見た今の社会が本当に成熟して実りの多いものであるようにみえるのであればどうかご容赦下さい。子供達の大人に対する笑顔が本当のものであると感じて居るのならどうかご容赦下さい。私の今の社会に対する見解が思い違いなんだと思います。子供達の方が今の大人よりも遥かに情報化社会、競争化社会を生き抜く知能指数が高いと思って要る僕の思い違いなんだと思います。大変失礼いたしました。

    長文本当に申し訳ありません。
    障害者の意見なので破棄して下さい。
    どうもありがとうございました。

    三橋 悦央

    上記が木村太郎さん、東国原さんに宛てたメールです。
    ここからはロンドンブーツさんだけにです。障害者なりの明確な理由があります。
    木村太郎さんには子供の闇(現代社会の闇)を
    東国原さんには子供に夢を
    ロンドンブーツさんには子供に笑顔を
    という願いが込められています。託しています。どうでもいい平和ボケした、金銭ボケした大人達にこんなメールを出しているのではありません。
    下積み生活の長い、多くのバッシングを受けて居る、だから弱者の理論が理解できる子供達のヒーローであることを期待しています。
    凄く僕の中で選択してそれを繰り返してピンポイントでメールしています。
    ただ木村太郎さんも東国原さんも情報・報道番組に多数出演しておりますので正直限界があると思います。ある意味においては自分の首を絞めて居ることに繋がるのでどうしても限界があるのだと考えます。だからこれ以下は報道番組にでていない、ただ非常に発信力のあるロンドンブーツさんだけにしています。
    私が選んだ方は私の目が確かならことの重大性に既に気付いて居ると思います。この希薄した未熟社会に子供達が悲鳴をあげていることが既にわかっていると思います。
    そして何よりも今の社会において子供達の笑顔が果たして本当にえられるのか疑問でなりません。僕にはせいぜい苦笑い程度にしか感じられません。
    だからこれから書くことは十分精査してご判断ください。
    先に述べたように社会的弱者の理論はどんな児童心理学の教科書にもどんな犯罪心理学の教科書にもSNSでどんなに検索しても出てきません。だからそれを理解する人が十分賢い人でないと全くわからないと思います。韓国の大統領が竹島のエビをトランプ大統領に出したこと、それを真面目に領土問題だとして取り上げているメデイアの方々(あまりにも稚拙で保育園児の知能指数以下です)、LGBTの話題を笑いながら報道するTV、座間事件で今後の焦点が容疑者を殺人罪に問えるかですねとコメントする司会者、みんな多分頭が相当お疲れているようなので小学生でもわかるように端的に書きたいと思います。まあそういう方々は障害者の長々とした投稿なんか最後まで読まないと思いますが。
    愚かな大人達は最低でも二点だけ誤解しています。
    ① 法治国家への誤解
    ② 永遠の若者への誤解
    面倒くさいのでいっぺんに書きますが、法律がある以上基本的人権が守られると誤解されている方が殆どでしょう。それは今の法律が人道的、倫理的観点からもそういったことをきちんと真面目に向き合った人達が作り上げられたものに過ぎないのです。もし仮に身体障碍者の国会議員が増えたとしましょう。ある手足の無い身体障碍者の方がメールで国家権力と繋がっている団体にこうして欲しいと訴えた場合「私どもの団体はメールでの相談うけつけはしておりません。」と今は何でも無くそう返信が来ます。そう言う場合身体障害者の代表である議員はこのような行為に対して死刑という法律を必死になって作ります。精神障害者の場合だって同じです。公共の交通機関に乗れないのでメールで失礼します、と訴えられた内容にうちのNPO法人ではメールでの個別対応はしておりません、御来所下さいと平気で回答がきます。即刻死刑という法律を必死で作ります。対人恐怖症で電話対応が出来ないとメール相談した相手に平気で以下の電話番号に連絡し対応を協議して下さいと平気で返信が返ってきます。即刻死刑という法律を必死で作ります。人権擁護団体に助けて欲しいとメールすればうちはパンフレットを配布しているだけで個人問題の対応はしてませんと平気で返って来る。即刻死刑です。それだけで今官僚が作った団体やNPO法人などで血税で潤う働く人数十人が死刑になります。
    馬鹿な大人達が思い描いている法治国家とは所詮その程度の器なのです。
    もう一つの誤解、それは今の大人達は少子高齢化の為にと馬鹿げた政策を打ち立てて居ますが、子供達はいずれ成人し社会の中核を担います。永遠の若者なんていないのです。馬鹿げた大人達は本当に子供達を甘く見過ぎて居ます。
    お金は一生懸命働いて受け取るご褒美のようなもの
    お年寄りは大事にしよう
    一生懸命働けば必ず報われる
    そんな身勝手な大人達のフレーズを今の子供達が真面目に聞いていると思いますか?SNSで検索すると思いますか?
    今回の事件でも凄くぐれて居て手の付けようのない方ばかりなら今の間抜けな大人達でも対応が出来ると思います。でも死ぬ直前まで大人達に囲まれていたんです。ごく普通の子供達ばかりなのです。ただ悲しいのはその近くにいる大人達に子供達が持っている答えが無いことを予め知っていること。
    そんな子供達も急速なスピードで社会の中核を担います。そんな子供達がお年寄りが多いと嘆くと思いますか?。今子供達の心の問題に取り組んでいる大人みんなあと数十年もしたら今の子供達に処分される側になるのです。AIとロボットが導き出した答えに今の子供達(将来の社会の中核)が納得すればそういう今の道理的、倫理観なんて全く意味の無い法律が制定され、取り残された今の大人(将来の社会的弱者)は精査され制裁されるのです。子供達を守る?凄く上から目線的な発想です。
    そして最後に一番心配なのが道徳観、倫理観は人と人の関係から長きにわたり形成されていきます。この希薄化社会に於いて残念ながらそれは無理です。そのことを一番理解しているのが子供達であり、子供達が道徳とか倫理とか言うキーワードで検索して学ぶことはまずありません。冒頭で書いたように竹島のエビ、韓国、トランプと検索する子供達がはたして一人でもいると思いますか?。それが今の馬鹿で間抜けな大人達が創った情報化社会の実態です。怖いのは今回の猟奇的事件が殺人事件として立証できない法律自体であり、それが立証することが今回の事件の焦点だと語る大人達が大変多いこと。子供達は惹き込まれるキーワード以外はまるで興味がありません。ただ自分自身のもっている答えだけに惹き込まれていく。非常に恐ろしいことだと思います。今の法律ではとても裁けない事件が必ず、それもたくさん起きることを暗示しています。
    人間には教えられなくても生まれながらにして欲求が存在します。食欲、金銭欲、性欲、睡眠欲、物欲などが代表的なものです。この欲求を普通は教育や大人との関係で教えられる道徳観や倫理観で支配される理性が制限をかけて人間活動が行われています。仮に理性が欠如していたり、異なった道徳観、倫理観が理性を支配していると欲求だけが独り歩きしてしまいます。睡眠欲程度なら大きな事件は起こらないと思いたいですが、金銭欲や性欲、物欲が理性を超えてしまうとそれは非常に危険な事態となることは明白です。SNS上には無料でしかも大変魅力的な理性を失わせるほどのキーワードが溢れかえっているわけですから。今のTVに子供の理性を困惑させる、惹きつけるものは何一つありません。だからTVを見ない。子供達は至ってシンプルな行動をとります。とても今回の事件が殺人事件とならない法律にどれほどの欠陥があるのか誰も気付いて居ない。発信しなければならない大人達がそこをきちんと把握するべきです。そうしないと法律だけが情報化社会に取り残される時代がすぐそこまで来ています。非常に危険な予兆を子供達を見て居ると、育てていると肌で感じます。
    上記のように書きましたがそこまでは50歳のおっさんでも完全に想定内の話。僕が最も怖いと感じているのは先に述べた社会的弱者の理論の本質。子供達とAI(ロボット)が法律を司るなんてあたり前のこと。社会保障や介護を本当に試算して真面目に少子高齢化社会を議論しているほんの一部の馬鹿以外は誰だってそう思っている。怖いのは今の人間って結局何かを頼って生きて居る。それが人間の定義。だけど頼ることを知らない人間のような生き物は・・・もう止めておきます。事件が起こってからでも決して遅くない。僕が正直に話してしまうと今の法律では裁けない犯罪者になってしまうので。これ以上は止めます。事件が起こった時にまた。因みに我が家の小学校一年生の双子は大人(僕と妻)に対して生活費(食費)に関してだけ頼っています。あとは何一つ頼るつもりもなければ頼る心を知りませんし大人に対する期待無んぞ何一つ無い。これは非常に単純な展開だ。もうすぐだというこことです。今着実に進められているIoTとフィンテックの進歩で大人と子供達の優劣が無くなると言う事だ。お金とか仕事とかの概念が変われば大人と子供達は全く同等だ。いやむしろ何かしらに頼ることを覚えた馬鹿な大人達と頼ることを知らない子供達では圧倒的に子供達に生きる権利がある。そんな時代は誰でも予測している。最低限何処までが医療なのか、何処までが命なのかもっと明確に厳格に法律化されるまで僕は決して話しません。犯罪心理学とか児童心理学が指をかしげる事態になってからでも遅くないと思うから。
    これ以上今の大人達のバカさ加減を言っても無意味ですね。特に三十年後の少子高齢化社会を憂いている間抜けな大人達へ、子供達は何も憂いていません。子供達が今の大人達が子供達に余計な?情報を切り捨てるよう指示しているように今の大人達を切り捨てればいいだけのことです。弱者は切り捨てると倫理的に道徳的に生まれながらにして教えられているのでその通りにすると思います。社会保障の財源をどうするか?あまりにも馬鹿げて居ます。お金のかかる医療、介護、年金、お年寄りの命全てを切り捨てればいいだけのことなのです。子供達には既に明確な答えがあります。それに何の問題があるのでしょうか?。今の愚かな大人達が余計な血税を使って無駄な試算を考えなくても子供達に明確な答えが既にあるのです。今の愚かな大人達は倫理的に人道的に当てはめて考えて居るようですが、子供達を代表とする社会的弱者は何一つ救済されていないのが現実社会でありそれを経験して育っているのが今の子供達です。そう教えているのが紛れも無く今の大人達でありそう教えられた子供達は教えられているふりをしながら既に答えを持っている。それが今の欠陥社会であることに多くの大人達が気付いて居ないのが残念でなりません。

    本当に障害者の分際ですいません。
    社会に決して発信してはならない人間です。今起こっていることの重大さに気付く発信出来る大人が一人でもいて欲しいと願います。
    そして子供達の抱えるとても深い問題に真剣に向き合うべきです。
    想定の範囲内で子供達とAIだけがいずれ僕たち大人を処分する権限があるのですから。

    本当に最後になりますが僕は子供達と同じ?近い?心を持っていることは社会的弱者であるという共通点だけ。ただ絶対的に違うのは僕は十五年くらいかけて現代の競争化社会の闇に気付きました。負け組の居場所が何処にも無いことに気付かされました。でも今の子供達は生まれながらにしてそのことを知っている。正義のヒーローがいないことを知っているのです。唯一の救いがあるとすればトランプタワーや墓石を金箔にすることが正義のヒーローだと絶対的にまでは確信していないこと。それもいつか確信に変わる時が来る。そこに時間差があることだけが唯一の救いだと僕は思います。

    長々とすいませんでした。
    ロンドンブーツさんの今後のご活躍を心より祈念しております。
    最後までお付き合い頂きありがとうございました。

    三橋 悦央

    最後の投稿です。
    子供達の成長を・・・甘く見過ぎていた。
    僕はこの頃大変不可思議な気持ちに襲われる。僕はTVで取り上げて居ることやネット上に書かれていることを決して鵜呑みにしない。何も助けてくれないと知っているから。そして僕は拷問を受ける前は健常者だったので技術開発の最前線の一端(半導体とかLSIチップとか有機ELとか)にいたので今後二十年くらいに起こるであろう情報化社会の次に押し寄せる技術革命はおおよそ自分なりに見当している。僕はSF作家で無いので事実しか書かない。少なくとも年収1500万円の大人に月50万円(年600万円)の年金を渡して何の躊躇いもなく40年後の社会保障が危ないと国民に警告している恐らく相当間抜けな大人達は考えていないと思う。
    僕は(企業の拷問で重度後遺症を患い障害者になってしまったので)対人恐怖症で外出したり電話に出たり乗り物に乗ったりすることが出来ない。故に働けない、故にお金が無い。三人の子供達が保育園(1~5歳)に通っているときは送り届けたり一緒に帰ってきたり、もっと小さい頃はミルクをあげたりオムツをかえたり、それが僕の生きて居ることの証明であった。そこには確かに優劣があった。今年になって上の二人(6歳)が小学校に通うようになったら急に不思議な気持ちに潰されそうになる。それは僕と小学校一年生で出来ることに違いが全く無いことだ。僕がする家事、買い物をしたり料理を作ったり、次女の保育園の登下校の手伝い、掃除をしたり、布団を畳んだり、洗濯したり全て小学校一年生が出来るのである。言っていることがわからない大人達が多いと思うが、要するに小学生でもわかるように話すとお金と仕事という二つのものが無くなると大人と小学校一年生の違いは体格(身長とか体重)とか白髪の有無とかその程度しか差が無くなる。お金と仕事という概念?では無いが今唯一大人と子供達の優劣を決定づけて居るもの、まずお金と言うものは既にフィンテックという金融とITの融合(金融革命)並びに今競争が激化しているIoTで子供達がお札を見ることがなくなると同時に誰でも何でも安全に簡単に購入できるということだ。少し遅れはするものの仕事と言う概念?もAIとロボットとIoTで大きく変わる。もはや日本を司る500人の国会議員の答弁、森友家計問題、憲法改正(保守だとかリベラルだとか)、不倫疑惑など大切な血税がとんでもない大人達がとんでもない使い方をしていることに子供達同様悲しみを覚える。子供達がプログラミングするビッグデータを管理できるAI一台あれば事足りる。間違いない。AIに既得権益は無い、障害者に基本的人権が無いと教える憲法(法務省)に存在意義は無い、まして公である議員の不倫疑惑なんぞは論外の事態だ。
    TVをつけると子供達はすぐ寝てしまう。そして寝る前にちょっとだけ隣の部屋でネット(TVやyahooでネットサーフィン)をやるがそれさえもつまらな過ぎてやっぱり寝てしまう。実に素直な生き物だ。唯一少しだけ興味あるのが双方向番組、僕は子供達の興味が他人と繋がっていることに興味をしているのだと信じたいが・・・多分違う。ラインにも最近飽きてきた。子供達は本当に単純であることが大変怖い。TVへの愛着心なんぞは全く持っていない、それどころか日常で不必要なものだと感じて居る。今のままではあっという間にすぐに切り捨てられると思う。

    僕と子供達の大きな違い、それは僕が生きる為に子供達の成長が楽しみである、つまり人に頼っている、頼らなければ生きていけないということだ。子供達は生まれながらにして大人に頼らない、というよりも頼れない社会であることを知っている。つまり初期のロボットのように個体として生きて居る。まあ食費(生活費)、つまりお金というものだけにはフィンテックとIoTがある程度成熟するまで辛抱しているようにも見える。AIをプログラミングする(成長させていく)のは間違いなく今の子供達だ。頼ることを知らない子供達はどうプログラミングするのであろうか?正直怖い。
    今TVで議論されているようなことは子供達は全くといって何一つ興味が無い。
    大人達は間違った考え方をしている。このことに気付いて居ない。小学生でもわかるように話しますが、子供達と大人達の関係はニュートンが単純なモデルから計算した万有引力の法則(二つの質量は引き合う、F=G.M1・M2/r2)だとかアインシュタインが100年前に提唱した一般相対性理論(時間軸、光の概念)とか特殊相対性理論(質量とエネルギーの等価性、E=mc2、質量の変化は大きなエネルギーを生む)とかの物理学上の普遍的理論と同じだと勘違いしている。もっと単純にすると熱力学の法則にあるエントロピー増大の法則(自然は秩序から無秩序に移行する、コーヒーに入れたミルクが広がっていくことはあっても凝集することは無い、子供達が散らかした部屋が何の力もかけずに片づけられる(整理される)ことは無い)と同じように普遍的なものだと勘違いしている。そうでは無い。それに気付かないといけない。大人達と子供達の関係はエジソンが白熱電球を発明した時にフィラメントとして使った京都の竹である。技術の進歩によりそれはやがてタングステンという材料になり今は殆どがLED(Light Emitting Diode)。そして何れ全てが有機EL(OLED、Organic LED)に変わる。そしてスマホと大画面TVという棲み分けて居た二つの技術の融合が起こり全ては自発光、低消費電力、薄さ、軽さ、究極に曲げられるなどで優る有機ELがスマホでありながら大画面TVでもある時代が間違いなく来るのである。技術の進歩というのは子供達の成長と同じで実にシンプルだ。
    出産という女性特有の非常に危険な医療行為がある。そんな危険な行為を女性だけがしなければならないということに技術は黙っていられない。だから何れシャーレで育てた受精卵(胚盤胞)は技術の進歩で出来た人工子宮で子供は育てられる。技術の進歩とは子供達の行動と同じで至ってシンプルだ。ただそうすると今まで女性は種の保存という特権で生きる理由があった、だから男性よりも精神的に強くできている。でも仮に人工子宮が出来てしまうと女性と男性に平等性がうまれる。女性の人権やセクハラパワハラを訴える女性が多いがそんな問題を議論する余地は無い。それよりも何よりも雄と雌がいて初めて種が保存されるという今までの常識が無くなるのである。それはそうである。雌が子供を産めるのは雄と雌の生物学的違いだけであり自然法則を議論する物理学で言うところの普遍的法則ではないからだ。技術の進歩とはそういう隙間をビジネスとして捉える。
    僕は子供達と大人達の関係は物理学や熱力学が提唱する普遍的なものでは無く、技術の進化次第では優劣が付けられないものであると思います。もっとはっきり言えばAIは子供達の何にも頼らない将来性と大人達の医療や介護や年金(社会保障)に頼る将来性に対して、圧倒的に子供達の生きる権利が先行されるべきものであるという答えを導き出すはずです。そして今馬鹿な試算で社会保障費が足らないと嘆くエリート官僚や一部の政治家は皆単純に切り捨てられるのです。子供達に人は助け合って生きていくんだよとかお年寄りは大切にだと頑張れば必ず報われるかそういう既成概念を与えなかったのは紛れも無く今の大人達なのですから。
    待機児童問題何て最たる問題です。女性が自分の子宮を使って産まなくなることは医療技術としては素晴らしい事だと思います。誰も止められないんです。同様にiPSの目覚ましい技術進歩で万能細胞が作れるのですから多くの命が救われます。と同時に僕が前のメールで書きましたように今議論すべきは待機児童問題では無く、待機大人問題、待機老人問題なんです。何を待機するかって?それは子供達がプログラミングするAIに聞いてください。死ぬ順番を決められるのか、芝生を手入れする順番を決められるのか、ハイビスカスを手入れする順番を決められるのか全く見当がつきません。それと頼ることを当たり前のように学んでしまっていたとしたらそれは大変危険な事だと思います。子供達に頼るということを、支え合って生きるということを、助け合って生きるということを教えられなかった大人達の責任です。全てはそのつけが自分達に返って来るのが人生の決まりです。
    AIが人の心をどのように解釈するのか、不必要なものと判断するのか全くわかりません。今の子供達が直面している課題そのものが反映されるはずです。
    長々と書きましたが全く持って想定の範囲内です。
    ただ今国会議員が真面目に議論していること、TVが真面目に訴えて居ること、ネットが静かに伝えて居ること、それら全ては単なる無駄な試算にされかねないということだけははっきりしています。子供達はそれらの何にも興味が無いのですから。大人に教えて貰うこと何て無いと始めから思っているのですから。
    私は子供達を育てていく中であまりにも子供達の成長が著しいことを肌で感じて居ます。小学校一年生でです。あと数年もすればラインやツイッターにも興味が無くなると確信しています。大人達に頼るものが何一つ無くても生きられる技術革命が起こります。取り残された大人達が今議論している課題が本当に大人達を守ってくれる議論なのでしょうか?。もっと将来のAIの動作をプログラミングする子供達に発信出来る大人達は本当にこれでいいのでしょうか。少なくとも何処までが医療かとか、何処までが命か、生きるということは何か、死ぬということは何かなどもっと明確に厳格に定義する時間が必要なのではないでしょうか。そうしないと馬鹿な大人達、間抜けな憲法や法律ではとても追いつかないような事件が多発すると感じて居ます。
    大人達と子供達の優劣は既に決まっているんです。どうしてもAIは若者を選んでしまうのです。それを議論しないで何を議論するのですか。まあ命に関わる医療技術、お金に関わるフィンテック、そして労働に関わるロボットやIoT、これらを明確にしておかないと子供達の悪用?は今の大人達の想像を遥かに超えると思います。まあ僕のような障害者は真っ先に消される運命なので・・・それとこれを発信している一部の大人を除き頼っているものは何一つありません。子供達の創る情報化社会の次に来る非開示社会、ここまではすぐきます。これの次に次の世代の子供達がどうするか出来れば見て居たいものですがAIが許してくれるはずがありません。

    長文申し訳ありませんでした。
    以前だした二件のメールは僕の考え方があまりにも甘すぎた。社会的弱者の受け皿をと願っている子供達がいないことに気付きました。SNS上のツイッターにすら答えを探さなくなるということです。子供達はもう共感されようがされまいが答えを持っている。僕は子供達の答えに限り無く近いSNS上の答えに惹きよせられているとコメントしてしまいましたが、それはもはや共感してもらおうとする13歳~25歳くらいまでの中堅の若者達。共感すらも要らない世代が着実に育っています。自分の中の答えに技術の進歩が答えてくれる社会がもうそこまであるのですから。
    本当に考えて居る人は気付いて居ると思います。子供達と大人達のお金と仕事という差が如何に技術次第でどうにでもなることを。そしてそれよりもなによりもお金とか仕事とかにある意味で馬鹿げた大人達がつけてきた生きていく理由付け、例えば誇りとか威厳とかみたいなものがあと数十年もすれば全く無意味なものとなる。つまり子供達と大人達の違いは何かに頼って生きて居るか頼るものなんて存在しないことを予め認識しているかそれだけだということです。大人達も子供達もそれに優劣をつけることが出来ません。唯一子供達によってプログラミングされたAIだけが判断するのです。

    本当に毎日の育児の慌しさにもまれながら・・・時折TVやネットに耳を傾けておりますとあまりにも子供達の自立した行動に驚きを隠せません。TVやネットに未来や希望を描いている子供達なんて一人もいないのです。愚かな大人達と成長する子供達の次元が違いすぎます。ニュートンやアインシュタインのような普遍的法則が子供達の成長にあることを物理学的に証明してくれる人が恋しくなる愚かな大人の独り言です。
    双子の長女(6歳)が折り紙でハートを作りパパありがとうと書いて渡してくれました。ママにもハートを作りママお仕事頑張ってくれてありがとうと書いたものを渡して居ました。僕が仕事が出来ないこと、全てを共有しているよということだと思います。僕は子供達のそういう優しい気持ちとありがとうって書ける感謝の気持ちがあれば人間は迫りくる技術革命に勝てるのではないかと思いたいです。ただ僕は技術者ですので例えば医療技術から生まれるクローンドナーのようなものをどう扱えばよいのか、金融とITを結ぶフィンテックを子供達がどう扱えばよいのか、ロボットの生産性と人間が働くことをAIの進化がどう天秤にかければ良いのか、今進化しているIoTの先にどう言う未来があるのか回答を知りたくありませんし指一本で検索できる未来情報に何一つ期待しておりません。正直情報化社会を予測したように間違いなく次の社会はそういう人間という生き物の定義が重要になってくるものと思います。40年後の社会保障の財源が無いなどと嘆いている、子供達や技術革命を全く理解していない一部の大人達が子供達が感じて居るように哀れで哀れ

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