物事を多角的に考える21

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前回に続き、様々な事例を多角的に考えてみたいと思います。

 

■お金の概念

近年、電子マネーや仮想通貨などの普及により、お金のあり方について考え方が変わってきています。
そもそも、お金とは一体何なのでしょうか?

お金がなかった時代まで大昔に遡ると、人は何かがほしい時、自分の物と交換して得ていました。
例えば、自分はたくさん魚を釣ってきて、それを人にあげることはできるが、米は作れないので、農家から米を分けてほしいという時に、自分の魚をあげて米をもらうという物々交換をしていました。

ただ、これでは、ある農家さんが魚は嫌いとか、時間が立つと魚が腐ってしまって保存ができないとか、魚の価値以上の物と交換したいなど、様々な問題が発生します。
そこで、考えられたのが貨幣というもので、物と貨幣をやり取りすることで、自分の産物と他人の産物の交換をやりやすくしたということです。

昔の貨幣は、銅や銀などでできいて、それ自体に価値があったのも多いのですが、現代の紙幣の方は基本的にただの紙なので、万が一その国が崩壊すれば、そのお金はただの紙屑になります。

そして、近年新たに普及しつつあるのが、データによるお金管理です。
電子マネーや仮想通貨が出てくる前から、銀行口座はデータ上のやり取りが可能ではありましたが、お店などでもデータ上の取引を扱うところが増えてきているので、徐々に現金がデータに変わりつつあります。

日本では未だに現金を使っている人が多いので、実感がない人が多いかもしれませんが、海外では現金の信用性が薄く、電子データのやり取りで買い物をするのが普通というところが増えてきています。

しかし、どのような形であれ、お金というのは、あくまで物々交換をしやすくするためのものであることに変わりはなく、お金を中心に考えるべきではないということです。

確かに、お金がたくさんあれば、色々な物が手に入ります。
人間にはそういった物欲が大きい人も多いものです。

宝くじや競馬などのギャンブルや、株や債券の投資など、お金を増やすだけの目的で、お金、お金と、お金に目をくらませている方もいらっしゃいます。
お金がないとか、世の中はお金が全てだとか、お金の話をするのはいやらしいなどの話をよく耳にしますが、大切なのはお金ではありません。

一番大切なことは、自分には何ができるのか、何が作れるのか、何をすれば人に喜んでもらえるのかを考えることであり、その成果としてお金を得ることができるということです。
もちろん、物を作って売るという仕事だけでなく、マッサージなどのサービスという仕事もありますし、エンターテイメントとして人を喜ばせるという仕事もあります。

お金を先に考えるのではなく、自分のできることや、どうすれば人に喜んでもらえるかをまず考えるようにすることが大切だということは肝に銘じておきましょう。

 

■正義を振り回す人たち

以前、別の記事で善と悪の話をしましたが、善悪の行動というのは、判断が難しいものが多いものです。
時には正義という信念を貫く人ほど、他人に迷惑をかけたりして、善なる行動になっていないこともあります。

例えば、正義感から自分の会社の不正を暴いて訴えたところ、それによって会社の信用を大きく失い、会社が倒産してしまうということもあるかと思います。
本人やその会社に批判的な人たちは、それで良かったと思うかもしれませんが、その会社で働いていたまじめな社員や従業員と、その家族たちは、職と収入がなくなってしまうわけであり、またその会社の製品やサービスを愛用していた人たちも、二度と買うことができなくなってしまいます。

訴えた本人は正義感からそうしたのかもしれませんが、それによって多くの人が困ってしまうことになり、その人たちから見れば、訴えた人は悪人に見えることもあります。
だからと言って、訴えなかった方が良いというわけではありませんが、正義だと信じて行動したことが、他人に迷惑がかかる場合があるということは認識しておくべきでしょう。

この例の場合、例えば裁判にいきなり訴えるのではなく、不正を働いている人たちに直接話をしたり、他の会社役員に相談したりして、不正を働いている人を解雇してもらうという対応ができないかを検討するなどが考えられます。

他の事例として、大切な人を殺されたから、殺した人を殺すという復讐も、正義感から行ったという人もいるかもしれませんが、復讐で殺した人を大切にしていた人がいるかもしれないということを考えるべきでしょう。

世の中には善悪の区別が難しい事例が多いものです。
歴史上で戦争が起きた時も、双方の国に理由があるわけで、どちらが正しいとは言えないケースが非常に多いです。

正しいことをするのは良いことではありますが、正義を振りかざす人ほど、他人に迷惑をかけるという意見もありますので、ケースバイケースでどうすれば最善かをよく考える必要はあるかと思います。
大切なのは、自分自身も客観視し、大局を見て、どの選択をするのが最善かをよく考えることかと思います。

 

■安田純平氏の人質事件

2015年にフリージャーナリストの安田純平氏がシリアで武装勢力に拘束され、人質となるも2018年に無事解放されたという事件がありました。
これについて、身代金を支払っていないのに無事であることや、どの武装勢力が拘束したのかが不明などの理由から、自作自演説も生まれました。

この事件について、私も正確なところは分かりませんが、少し考えてみたいと思います。

まず、身代金を支払っていないのに無事であることは、確かに不自然です。
以前も別の記事で書いたように、誘拐ビジネスは信頼が必要であり、身代金が支払われれば必ず解放し、身代金が支払われなければ必ず人質を殺さなければならないのです。
ビジネスですので、この約束を破ると、次のビジネスが成立しにくくなるからです。

ただ、身代金が支払われていないかどうかは、はっきりとは分かっていません。
日本政府かトルコなどが、裏でカタールを経由して身代金を支払ってもらった可能性はあります。

この場合、安田氏本人も知らないという可能性もあります。
日本政府や、他の国の政府も、身代金を支払ったとは誰も言っていませんが、テロリストに身代金を支払ってはいけないという国際法があるため、水面下で支払っていたとしても、それを発表することはできないのです。

どの武装勢力か分からないということについても、確かにおかしいことです。
どの武装勢力が拘束したか分からなければ、誰に身代金を支払えば良いかも分からないからです。

そのため、人質を取った武装勢力は名乗って身代金交渉に入るはずですが、それがないというのも不自然です。
しかし、水面下でやり取りする組織があるなら、名乗らなくてもそれが可能なのかもしれませんが、真実は私には分かりません。

確かに、自作自演であればこれらの疑問は解消されることになります。
自作自演の場合、身代金を支払っていないのに解放されるのは当然ですし、もし既存の武装勢力の名前を出してしまうと、本物のその組織が、そんなことはしていないという声明を流されてしまう恐れがあるので、武装勢力は不明とせざるを得ないということになります。

ただ、自作自演説の最大の問題点は、リスクが高すぎるということです。
自作自演の目的は、誘拐された本人とその仲間が身代金を頂くということになりますが、身代金の交渉も難しくなりますし、話をでっち上げるにしても、動画や証言などにボロがあると、すぐにバレる可能性も高く、非常にリスクが高いと言えます。

考えうることとしては、小さな犯罪組織が、誘拐ビジネスを模倣し、身代金を得ようとしたのではないかということです。
あわよくば身代金を頂こうと考えた組織が、そういった事件を起こしたが、身代金交渉がうまくいかず、あきらめて解放したという経緯なら辻褄も合っていると言えます。
元々殺すつもりがなかった小さな犯罪組織ならば、あり得ることかと思います。

いずれにしても真相は闇の中ではありますが、この事件は安田氏本人の自己責任の議論も呼びました。
人質になってしまった時点で、政治問題になるわけであり、いくら安田氏本人が自己責任と言っても、政府や国民に迷惑がかかってしまったのは事実です。

フリージャーナリストの仕事として、危険地域の取材に行くというのは分かりますが、政治問題や国際問題に発展してしまうことまで考えた上で行動していただきたいと思います。

 



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