物事を多角的に考える20

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前回に続き、様々な事象を多角的に考えてみたいと思います。

 

■あおり運転

あおり運転がひどいとか、事故を起こしたとかでネットやニュースなどで騒がれいています。
あおり運転自体は今に始まったことではなく、昔からよくあったことではありますが、これも多角的に考えてみましょう。

そもそも、なぜあおるのかを考えてみましょう。
あおる側が一方的に批難されていますが、私はあおる側の気持ちも分からないこともありません。

もちろん、私はあおったことはありませんが、以前車を運転していた時は、急いでいるのに狭い道でゆっくり前の車に走られてしまうことがあり、少しイライラしてしまうこともありました。
この場合、我慢して車間距離を詰めずに何とか運転しましたが、少し脇に寄って先に行かせてくれたら助かるのになと思うことは何度かありました。

制限速度で走っている時も、私自身が後ろからあおられることがありましたが、急いでいるのかと思ったので、脇に寄せて道をゆずったことも何度かあります。

私が言いたいのは、あおられている側が、人の気持ちを考えていない人がいるのではないかということです。
もちろん、一方的にあおり行為を繰り替えるような卑劣な人間もいますので、こういった人は批難すべきではありますが、ゆずり合いの精神があれば、このようなトラブルは少なくなるはずなのです。

運転中だけでなく、歩行時も、歩道の真ん中で堂々と通行の邪魔をするような人も少なくありませんし、スーパーやコンビニなどで買い物をする時も、陳列棚の前で長時間考え込んで、他の客が商品を取りにくくなっているということも多々あります。

私は、人の邪魔になりたくないので、歩いている時も、常に周囲を見て邪魔にならないようにしていますし、買い物中もなるべく他の人の邪魔にならないように素早く買い物を済ますようにしています。
立ち止まって考える場合も、他人の通行を阻害しないような場所に立つようにしています。

最近はこういった周囲に気を配れる人が減ってきたような気がします。
不景気で心に余裕がある人が減っているのかもしれませんが、あおり運転についても同様に、あおる側の気持ちも一度考えてみる必要があると思うのです。

理不尽な理由であおっているような人なら、批判の声を挙げるべきかと思いますが、その前に自分の運転が他の人の迷惑になっていたのではないかとか、その人は何らかの事情で急いでいたのではないかなど、まず考えてみるようにしましょう。

 

■東名高速道路のあおり運転事故

以前もこのサイトで取り上げましたが、東名高速道路であおり運転を受けて車を停車させられ、後続のトラックにひかれてあおられた側のご家族が亡くなるという事故がありました。
横浜地裁は危険運転致死罪に当たるという判決を先日下しましたが、これは公平な裁判だったのでしょうか?

あおり運転と言ってますが、このケースは厳密に言うとあおり運転ではありません。
あおり運転というのは、前の車が遅いから車間距離をつめてあおることだと思いますが、このケースでは前の車を止めるためにあおっています。

そもそも事の発端が、サービスエリアで被害者に「邪魔だ」と言われ、カッとなってその車を追ったわけですから、あおったというよりは、カーチェイスをして前の車を止めたといった方が正しいかと思います。
つまり、この事件は厳密に言えばあおり運転ではありません。

次に、判決について考えてみましょう。
この事件は、危険運転致死罪なのでしょうか?

まず、どのような理由であれ、カーチェイスをして高速道路上に停めるという行為は、危険運転であることに間違いありません。
ただ、その人の危険運転によって直接事故を起こし、被害者がケガをしたら危険運転致傷罪、被害者が死亡したら危険運転致死罪となりますが、危険運転罪という罪は無いようです。

車を停めた後、被害者をなぐったようですので、暴行罪は確実に成立するでしょう。
さらに、高速道路上で車を停めさせたために、後続のトラックにひかれて死亡してしまったので、過失致死罪は成立すると思われます。

本人が危険な運転をして被害者を直接死に至らしめたのではなく、事故で死亡させたのはあくまで後続のトラックですので、トラックの運転手にも過失致死罪が適用される可能性もあります。

以上のことから、暴行罪と危険運転による過失致死罪が適切な判決であり、危険運転致死罪には当たらないのが公平な判決かと考えられます。
しかし、実際は危険運転致死罪が適用されています。

本人も反省していることから控訴していないようですが、危険運転致死罪が適用されたのは、裁判員裁判によって一般市民が判決に影響を与えたことと、ニュースで注目度が高まり、厳しい判決を要求する声が多かったためと考えられます。

弱者に寄り添い、強者と戦う姿勢は良いことではあるのですが、そればかりに気を取られて、公平さが見失われているような気がしてなりません。
危険運転は卑劣な行為ではありますが、もっと冷静になり、あくまで公平に判断する必要が、国民全員にあると私は思います。

 

■プライベートでの仕事の話

プライベートの時まで仕事の話をしたくないという意見を聞いたことがあります。
気持ちは分からなくはないですが、このような意見を言うということは、よほど今の仕事がイヤだということでしょう。

仕事が好きであれば、プライベートでも仕事の話をしたくなるはずです。
プライベートの時に仕事の話がしたくないという人は、その仕事が嫌いだと思っているということなので、仕事を変えることも考えた方が良いかもしれません。

また、プライベートの時に仕事の相談をされるのが嫌だという意見もありました。
例えば、看護師の人が、飲み会などで知人から急に健康面の質問されるのが嫌だというものです。

プライベートで仕事の相談をされたくないという人は、その仕事にあまり向いていない可能性があります。
本当に好きな仕事をしているなら、たとえプライベートであっても、相談されれば嬉しいものなのです。

本当に相談されたくないなら、プライベートから仕事に切り替える方法もあります。
つまり、営業活動に変えてしまえば良いのです。
「相談に乗ってあげるから、今度うちの病院にきてね」
と言えば片付くでしょう。

弁護士など、本来は相談料を取るようなところなのに、無料でそのような相談を受けられないということもあるかと思います。
この場合も、名刺を渡して事務所に連絡してくださいと言えば良いでしょう。

友達だからと言って、無料で仕事を頼むということも、本来はおかしい話なのです。
女性の友達同士で、友人がネイリストだからと、無料でネイルをお願いするのはおかしな話です。

普通のお客さんならお金を取るのに、友人だからという理由で無料にしてくれと言うのはおこがましい話です。
このようなことを言ってくる友人も、直接お店に来てくれとはっきり言うべきでしょう。

もちろん、友人だからということで値引きくらいはした方が、友人関係を保つためには必要かと思います。
可能な範囲で「タダにはできないけど安くしてあげるよ」と言っておけば良いでしょう。

プライベートであっても、今の仕事が好きな人は、苦痛でもなんでもないことですので、プライベートで仕事の話をしたくないという方がいらっしゃったら、今の仕事が自分に合っているのかを、再度考えてみた方が良いかもしれません。

 



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