子どもの教育法9

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前回に続き、子どもの教育について考えてみたいと思います。

 

■体罰と虐待の違い

体罰と虐待の違いについてなどは、このサイトで何度も書いておりますが、マスコミや専門家も含め、あまりにも混同している人が多いため、もう一度書かせていただきます。

体罰というのは、文字通りムチ打って罰を与えることです。
子どもがいたずらやいじめなど、悪さをした時に与えるものであり、法と同じように罰として身体に痛みを与えるというものです。
体罰とは、本来なら叩いている人の心が痛いものであり、あくまで子どものためのムチです。

対して虐待というのは、叩く人の感情にまかせて行うもので、自己満足に過ぎません。
これは子どものためではなく、自己中心的なものです。
それを体罰や指導と言っているのは、責任逃れのための言い訳であり、これを混同してはなりません。

叱ると怒るというのも同様の違いがあります。
叱るのは子どもしつけのためであり、怒るのは本人の感情まかせということです。

私が、体罰が必要と言っているのは、子どもがタバコやいじめなど、不良に走っていて、口で言っても聞かない場合のことです。
こういった子どもには体罰を与えないと、歯止めが効かなくなり、将来的に麻薬や暴行などの犯罪に手を出してしまう可能性が高くなってしまいます。

問題になるのは、授業中に少し騒いだくらいで先生が子どもを叩いたり、部活動で子どもをムチ打って指導するような場合は、体罰なのか、虐待なのかということでしょう。

よく考えて言葉を選んでいただきたいのですが、これらは虐待に当たります。
先ほど書いたように、体罰は、「罰」を与えることです。

授業中に少し騒いだくらいで罰するのは行き過ぎと言えるでしょう。
部活動で、子どもがうまくできないからという理由で罰を与えるというのも、行き過ぎた行為です。

これらは紛れもなく「虐待」であるにも関わらず、マスコミは「体罰」と言って報じてしまっています。
これらを受け、専門家なども含め、ほとんどの人が虐待と体罰を混同してしまっているように見受けられます。

ただ、授業中にも関わらず、生徒があまりにも大声て騒ぐのを止めず、口で何度注意しても止まらない場合に、手を出すのは体罰と言えます。
ただし、手を出すにしても一発叩く程度の場合に限ります。
何度も殴ったりするようでは、虐待になってしまいます。

部活動では、試合に勝つために厳しい練習メニューを課すのであれば問題はありませんが、生徒の力が伸びないからと手を出して指導するというのは、体罰ではなく、虐待となります。
この場合は、生徒が悪さをしたわけではないので、罰を与えるという言葉はふさわしくないのです。

例えて言うなら、犬の散歩をしている時に、犬が他人に噛み付いたら、殴ってでも止めると思いますが、これが体罰です。
体罰がダメと言って放置していれば、その人を噛み殺してしまうかもしれませんし、他の人にも噛み付くようになるかもしれません。

しつけと称して日常的に犬を叩いているようなら、それは虐待と言うはずなのに、これを世間では体罰と言ってしまっています。
私は、犬が他人に噛み付いた時に殴って止めさせるのを体罰と言っているのですが、多くの人が日常的に叩くしつけを体罰と言っています。
ここに認識のズレがあるのです。

もちろんの、犬と子どもは知力に大きな差がありますが、しつけと言う意味では同じです。
子どもに何度口で言っても聞かないなら、叩いてでも止める必要があるのです。

体罰というのは、滅多にするものではなく、他にどうしてようもない時のみにやむを得ず行うものであり、子どもがさほど悪くないのに叩くのは虐待になるのです。

マスコミが日常的な虐待を体罰と報じていることで、世間にも誤解が浸透し、体罰はダメという認識が広まっています。
いかにマスコミによる言葉の選び違いの影響が大きいかが分かっていただけるかと思います。

しかし、状況によって、体罰を与えるべきかや、この場合は虐待になってしまうのではないかなど、判断が難しい場合があるのも事実かと思います。
子どもによっては、体罰が必要であると判断できたとしても、心の弱い子どもだと、一生のトラウマとなってしまうかもしれません。

指導する人に判断は委ねられてしまいますが、冷静に状況を判断し、子どもの立場に立って、対応を考えるということは必要でしょう。

 

■スマートフォンによる教育の影響

近年、スマートフォンの使い過ぎのため、子どもの学力が低下しているというデータが発表されています。
確かに、スマートフォンは魅力的なツールであり、SNSやゲームにハマってしまう子どもも多いのでしょう。

しかし、スマートフォンだけを悪者にするのはいかがなものかと思ってしまいます。
悪いのはスマフォではなく、自己管理ができていないからと考えられます。

私が子どもの頃は、ファミコンという魅力的なゲーム機が発売され、日本中の子どもがハマっていたものです。
しかし、学力の低下がさほど問題にならなかったのは、まだ自己管理ができる子どもが多かったということではないでしょうか?

私も子どもながらに、部活動や宿題、外で友達と遊ぶことなどもしていましたが、残りの時間でよくゲームをしていたものです。
そのゲームをしたいために、効率化を考えたり、宿題を早く片付けたりした記憶があります。

スマフォは常に手元にあるもので、眼の前にあると、つい勉強がおろそかになって触ってしまいますし、メッセージが入るとアラートが出て知らせてくれるので、ついつい手に取って返信を書いてしまい、勉強への集中が途切れてしまうという理由もあると思います。

つまり、昔のファミコン世代と違って、それだけ自己管理が難しくなりますので、この辺りをご両親がコントロールしてあげる必要があるかと思います。
具体的には、スマフォを子どもに与えるのではなく、宿題や勉強が終わるまでは、親が預かっておき、スマフォを使える時間帯をご両親が管理するなどの方法が良いかと思います。

また、なるべくお子さんがスマフォで何をしているのかを、把握しておく必要があります。
ゲームばかりでは、あまり褒められたものではありませんが、逆にそういったものを、ご褒美的な扱いにするということもできます。

スマフォで、調べ物をしたり、インターネットでニュースを見ているなど、有効的な使い方をしているなら、子どもに長くスマフォを使わせても問題ないと思いますし、そうすれば子どももそのような工夫をするように考える力が身についてくるかと思います。

スマフォのせいでお子さんの学力が低下してしまうのは、喜ばしいことではありませんので、注意するようにしていただければと思います。

 

■礼を教える

近年、礼を知らない若者が増えてきており、問題となっているようです。

コンビニの会計で、お客さんが店員に対して「ありがとう」と礼を言っているのがおかしいという若者のご意見がありました。
コンビニ側がお金を貰っているのに、客側が礼を言うのはおかしいという意見かと思いますが、親に礼儀教わっていないかわいそうな人だなと私は思いました。

確かにコンビニ側がお金を貰ってはいますが、同時に客側も商品を貰っているわけであり、お客さんが店側にお礼を言うのは自然なことですし、コンビニでは店員が会計処理をしてくれて、さらに商品を袋に詰めてくれているわけですから、その行為に対してお礼を言うのは実に素晴らしい行為と言えます。

病院や歯医者さんで、医師に対して「お願いします」というのも最低限のマナーです。
レストランや居酒屋などでも、帰り際に「ごちそうさまでした」と言うのは、相手にとっても喜ぶ言葉です。

こういった当たり前のことができない若者が増えているということが、非常に残念な思いではあります。

武道でも、「礼に始まり礼に終わる」という言葉にもあるように、試合をする相手に対しても、敬う気持ちや礼を忘れない気持ちが必要です。
それは武道だけでなく、他のスポーツでも同じですし、日常生活でも同様です。

どんな人に対しても、相手を敬うという気持ちがあれば、自然と礼ができるようになります。
お子さんを持つご両親には、ぜひともこういったことをお子さんに教えていただきたいと思います。

お子さんが病気になって、一緒に病院に行ったら、「お医者さんにお願いしますって言いなさい」と指導しましょう。
家族で、ファミレスに行って食事をしたら、「店員さんにごちそうさまでしたと言いなさい」と言いましょう。

こういった積み重ねが、礼儀を備えた子どもの教育になります。
学校の教育では不十分な場合がありますので、ご両親の方でもお子さんに礼儀を教えるようにしましょう。

 



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