戦国時代の真実

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日本の戦国時代や、中国の三国志時代などのドラマやゲームが流行っていますが、実際の戦争はそんなに華やかなものではありません。
私も興味があって、色々と調べてみましたが、実際の戦争はかなり地味なようです。

 

■そう簡単に人を切れない

戦争の時に、敵兵を殺そうとしても、なかなか大変なようです。

人間には骨があり、ドラマやゲームのように、腕や首が一刀で切断されることはありません。
骨を切断するには、のこぎりのように刀で切断するしかないですが、これはかなり時間のかかる重労働です。

敵将の首を持ち帰るのも大変なので、昔の中国では耳を切断して持って帰っていたようです。
そのため、「取」という文字は、「耳」を指でつまんだ絵が、文字の成り立ちとなっています。

また、敵兵は鎧を着ていますので、刀で胴体を斬りつけると、こちらの刀が刃こぼれしてしまいます。
実際の戦いは、槍で敵を突いたり、刀で殴って弱らせ、押し倒したところで、短刀で首を切るというのが、常套のようです。

 

■戦国時代でも死は怖い

戦国の世と言っても、兵士でも死ぬのが怖いのは、人間であればみんな同じです。
ドラマやゲームのように、勇敢に戦って死ぬという兵士は、それほどいません。

実際の戦争を想像してみてほしいのですが、いくら味方と戦うと言っても、最前線で戦争で戦うとなれば、死の恐怖が常にまとわりつきます。
ただ死ぬだけならまだしも、内蔵をえぐり出されたり、頭蓋骨が砕かれたり、腕や足が折れ曲がったりするのを想像するだけでも恐ろしいのです。

それは戦国時代の兵士たちも同じで、本当は戦いたくない人がほとんどでした。

なので、実際の戦争は、罵り合いから始まり、投石や弓矢で遠距離攻撃をしての小競り合いが多かったようです。
また、統率者同士による話し合いでの解決も多く、和睦や降伏で戦争を避けることが多いのです。

それでも決着がつかない場合は、兵士同士の激突による戦争になりますが、大規模な戦争というのは少なかったというのが有力です。

 

■騎馬隊は存在したのか

歴史好きの中では、これもよく話題になるのですが、日本の戦国時代の馬は、ロバ並の大きさしかなかったそうです。
今のような大型の馬になったのは、海外の血が混ざってからだということです。

戦国時代の馬は、とても高価で、騎馬として戦争に使うことはほとんどなく、実際は移動の時にしか騎乗しなかったようです。
馬が多かった地域でも、移動の時に隊長クラスが騎乗しているか、荷物を運ばせたていたくらいで、戦争の時は下馬して戦うのです。

戦争の時に騎乗していると、真っ先に馬が殺され、落馬したところを総攻撃されるので、逆に不利ではないかということです。
また、貴重な馬が戦争で殺されるのも、かなり損失になるなので、騎馬隊の存在は、かなり疑わしいのです。

そうなると、武田の騎馬隊は実在したのか、という疑問が出てくるのですが、専門家の間でも、今も議論されているようです。
武田が支配していた現在の長野県は、当時は馬が豊富で、馬がたくさん調達できたのですが、戦争にそんなに駆り出させるほどかというのは疑問が残るところです。

ただ、騎馬隊も数が多ければ、歩兵にとっては脅威になります。
機動力を活かした突撃ができますので、もし騎馬隊が存在していたとなれば、かなりの戦力となったでしょう。

 

■ほとんどは作り話

今知られている戦国時代の話は、江戸時代に創作された作り話が多く、実際の史実とはかなり異なります。
江戸時代あたりから、そういった歴史を元にした作り話が、書物としてかなり売られたようです。

これらの小説などから、ドラマやゲームなどが制作され、我々が知るところとなります。
戦国時代の実情など知らなくても、ドラマやゲームは楽しめますが、当時の人たちの心労を知っていると、より楽しめるかもしれません。

歴史には謎が多く、知れば知るほど面白いものです。
また、人生の勉強となったりもしますので、ぜひ深く歴史を勉強することをお勧めします。
 



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3 件のコメント 戦国時代の真実

  1. 村上真一 より:

    貴方の、言うとうりだと思います。例えば、太刀で、斬ろうとして、斬れた場合は、せいぜい、5人が、せきのやまでしょうね。そのあとは、鉄砲で、射殺をするか、弓矢による、一斎射撃で、止めを刺していたと思います。

  2. 匿名 より:

    ■戦国時代でも死は怖い
    戦国の世と言っても、兵士でも死ぬのが怖いのは、人間であればみんな同じです。
    ドラマやゲームのように、勇敢に戦って死ぬという兵士は、それほどいません。

    これはめちゃくちゃな話ですね

    兵士は生きているわけです
    生きている兵士を生かすことは大事なことです
    怖いからでないと戦いを避けないという発想は平和ボケNO.01で賞。

  3. ヴァイシュ・ラヴァナ より:

    そうですね、『進むは往生極楽退くは無間地獄』の旗印のもと、死を畏れず戦った一向宗はあの織田信長も手を焼いたことで有名です。
    つまり当時の兵たちの多くが死を畏れているからこそ、死を畏れずに進軍する一向宗が脅威だったのでしょう。
    実際数千数万規模の兵のうち数百人の戦死で軍全体が瓦解することもありますし、総崩れまでしなくとも撤退するのが賢明なことが多いです。
    その合戦に動員した人数から戦死者の割合を数字で見ると小さなものに見えますが、この小さな損害が今後の戦力維持や拡大、他国との戦闘、ひいては一つの大名家の滅亡にも関わる重大な損失と捉えることができますからね。
    ですから、兵にとっても将や大名にとっても兵の死は避けたいものであったはずです。

    追記

    合戦で重要な要素に『天の時』『地の利』『人の和』というものがありますが、最も重要なのは『人の和』です。
    例え絶好の機会に恵まれても堅固な要害に守られていようとも、軍団の心が一つでなければ、内部崩壊させるのは容易く将も兵も簡単に戦意喪失してしまい、呆気なく敗走するはめになります。
    ですので、兵に極度のストレスを与える接近戦よりも遠距離戦が主体だった、というのはその通りだと思います。

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