坂本龍馬は誰に暗殺されたのか

※この記事は過去の記事からの再掲載となります。
■坂本龍馬は誰に暗殺されたのか
現在でも謎として名高いものに、坂本龍馬は誰に暗殺されたのかというものがあります。
私もそれほど詳しいわけではありませんが、様々な説から検証してみたいと思います。
説として最も有力なのが、佐幕派の誰かが恨んで、見廻組という組に指示して殺したというものです。
佐幕派というのは、当時徳川幕府を支持していた人たちのことで、主に徳川幕府の恩恵に預かっていた大名やその家臣たちに多い思想です。
見廻組というのは、幕府の組織で、当時の幕府側の警察に当たる新選組に近い存在です。
坂本龍馬が殺された近江屋に残された状況などから、この見廻組の人という証拠と思われるものもあるそうです。
坂本龍馬は、幕府の徳川慶喜将軍に大政奉還を迫り、幕府を崩壊させたという事実から、多くの人に恨みを買っていたと思われます。
この場合の黒幕については、徳川慶喜も浮上してきます。
徳川慶喜は、大政奉還をした張本人ではありますが、倒幕の声を鎮めるための一時的な対処だったはずが、徳川幕府政権に戻すことが困難になったことから、騙した坂本龍馬を恨んだというものです。
ただ、坂本龍馬は騙したつもりはなく、純粋に幕府を降伏させて天皇に政権を戻したかっただけであり、騙したのは他の人たちである可能性は高いです。
徳川慶喜は、それを知らず、勘違いから坂本龍馬を恨んだのではないかということです。
しかし、他にも多数の説があり、西郷隆盛が黒幕だったとする説もあります。
西郷隆盛は、幕府を大政奉還などではなく、戦争をして完全に徳川家と幕府の面々を排除しなければ禍根が残ると考えていました。
結果、坂本龍馬は死亡したことにより、戊辰戦争が起こり、江戸城の無血開城に至り、最後は五稜郭の戦いで旧幕府軍は完全に滅んでいます。
確かに動機としては十分とは思いますが、西郷隆盛の性格からして、坂本龍馬を暗殺してまで戦争に持ち込むかどうかというのは疑問が残ります。
西郷隆盛の性格は、大らかで自分が好きな人の意見には耳をよく傾け、大事な人はとことん大事にするような性格の持ち主で、生涯一貫しています。
坂本龍馬と西郷隆盛は仲が良かったと思われ、薩長同盟にも龍馬が苦労して活躍してくれたことから好意に思っていたはずです。
そのことから、いくら西郷隆盛が戦争で幕府軍を滅ぼしたいと思ったとしても、坂本龍馬の暗殺を指示したとは考えにくいのです。
それに、そもそも西郷隆盛が黒幕なら、幕府の見廻組に指示することはできないはずで、近江屋の証拠と矛盾します。(近江屋の証拠というのも確実性があるわけではありませんが)
他にも、紀州藩の人が黒幕とする説もあります。
と言いますのは、坂本龍馬が貿易する船と、紀州藩所有の幕府の船が衝突し、龍馬の船が沈没したため、龍馬が紀州藩に対して多額の損害賠償を請求したことから、紀州藩の人たちが坂本龍馬を恨んだというものです。
これも、動機としては十分ですが、紀州藩が見廻組を動かす権限があったのかどうかは疑問が残ります。
いずれにしても、幕府の見廻組が暗殺をしたという線は濃厚ですが、黒幕については明確になっていません。
引き続き、私の方でも調査と考察を続けていきたいとは思いますが、何か情報をお持ちの方がいらっしゃったらコメントいただければと思います。
