風林火山には続きがある?

※この記事は過去の記事からの再掲載となります。
■風林火山
有名な武田信玄が掲げた風林火山ですが、これは孫子の兵法書から引用されたものです。
武田信玄は勉強熱心な人で、孫子の兵法書も読んでいました。
そのため、孫子の兵法書から風林火山という、戦いの旗を掲げて戦ったものと思われます。
風林火山は、ご存知の方も多いと思いますが、「疾きこと風の如く、静かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如し」という言葉から取ったもので、兵を動かす時は風のように速く、兵を潜める時は林のように静かに、兵を侵掠させる時は火のように激しく、そして兵を動かさない時は、山のようにどっぷりと構えるという意味です。
この風林火山ですが、孫子の兵法書には、実は続きがあります。
本当は「風林火山陰雷」となっています。
陰の「知り難きこと陰の如く」と雷の「動くこと雷霆の如し」という部分があるのですが、こちらの軍の動きを知られないようにする時は陰のように、攻撃する際は雷のように虚を突き混乱させるという意味のようです。
武田信玄は、恐らく陰は林と似ていて、雷は火と似ているので、省略したものと思われます。
ただ、武田信玄の前に、南北朝時代の北畠顕家が最初に風林火山の旗を掲げており、武田信玄がそれを真似をしたという説もありますが、武田信玄が孫子の兵法書を読んでいたのは間違いないので、信玄は戦争に強かったのかと思います。
いずれにしましても、この孫子の兵法書の「風林火山陰雷」というのも、兵法の基本であり、知っておいて損はないと思います。
