王允の美人連環計とは?

※この記事は過去の記事からの再掲載となります。
■王允の美人連環計
三国志時代の話ですが、四百年近く続いた漢という国が崩壊し始めた頃、董卓という人物が漢の帝を牛耳り、横暴を極めました。
董卓には呂布という強い武将がいたため、暗殺も難しい状況でした。
この状況に心を痛めた王允という董卓配下の政治家が、一計を案じました。
王允には貂蝉という美しい義理の娘がいたのですが、この女性で美人連環計を実行することを決断します。
美人連環計というのは、美しい女性を同時に二人の男性に送り込み、女性を奪い合わせるという策です。
王允は、まず呂布に貂蝉を引き合わせ、呂布が気に入ったところで結婚の約束まで取り付けます。
二人の仲が親密になったところで、今度は董卓を家に招き、貂蝉の舞を見せ、董卓も貂蝉を嫁にすると言わせて、婚儀の支度を進めます。
それを聞いて怒った呂布が、王允に詰め寄りますが、王允は
「娘は呂布殿にお譲りするつもりでしたが、董卓が嫌がる娘を強引に奪ったのです」
と答え、怒りの矛先を董卓に向けさせたのです。
呂布は董卓の義理の息子になっていたので、安易には手を出せなかったのですが、ある日貂蝉に会った時、貂蝉が泣いて
「本当は呂布将軍と一緒になりたかったのに、あの者に身を汚されてしまいましたので、もう生きていたくはありません」
と言ったことで、呂布は董卓の暗殺を実行し、見事に成功したのです。
貂蝉の身になって考えると残酷な話ではありますが、将来を憂いた貂蝉が、自ら王允に懇願したという話になっています。
この話は創作である三国志演義のお話ですので、事実ではない可能性がありますが、そうだとしても見事な計略の一つと言えるでしょう。
